デジタルオーディオに見る超流通社会

大瀧保広
(Yasuhiro OHTAKI)

1. はじめに

超流通は, 1983年に森によって提案 [1] されて以来, 知的財産権を電子技術的に処理する基盤技術として, その実現可能性や実装技術に関する多くの研究 [2] が行なわれている.

超流通の下では,現在発生しているような 知的財産権に関連する流通上の問題の多くが消滅する. ところで,それらの問題が超流通によって解決されるということが, 同時に,我々の日常生活にも大きな変化をもたらすということは, あまり認識されていないように思われる.

我々の身の周りで最も普及しているデジタル情報といえば, CDに代表されるデジタルオーディオデータである. 本稿では, このデジタルオーディオデータに焦点を当て, 超流通が実現した社会がどのようなものになるのか 解説する.

2. 超流通の概略

超流通では, デジタル情報の所有に対して課金するのではなく, 電気や電話などと同じように, 利用者がどのくらいデジタル情報を利用したかを計測し, それに応じて課金する.

所有に対して課金を行なわないということは, そのデジタル情報をどのような経路で入手しても 権利者の利益が損なわれないことを意味する. 友達からコピーすることも正当な入手経路の一つとなるので, 超流通の世界では不正コピーが原理的に存在しない.

さて,利用量に応じて課金するといっても, これは必ずしも料金が利用量に「比例」するということではない. 例えば,累積利用量といった情報を利用することで, 権利者が指定したある限度まで課金されない「無料試用」や, ある一定料金を支払うことでそれ以上は課金されない「買い取り」と いった課金方法もできる.

料金体系の別の側面として, 利用量の軸をどのように選ぶかという問題がある. わかりやすいのは「時間」や「回数」であるが, コンピュータソフトウェアの場合には 「処理内容」なども可能であろう.

原理的には,計算機で処理できる方法ならば どのような料金体系であっても実現可能なので, 利用者に快適な様々な料金体系を設定することができる.

3. オーディオデータの入手経路

現在のデジタルオーディオデータは 主にCDを媒体として流通している. オーディオデータは著作権法によって保護されている. しかし,この分野は違法コピーの問題が早くから 顕在化した分野であり, SCMS(Serial Copy Management System)と, 不正コピーによる損失分を予めハードウェア代金に 上乗せする付加金制度の導入によって, 一応の解決を見ている状況である.

超流通の下では, 前述のように,オーディオデータの入手はどのような経路でもよく, CDという媒体に捉われる理由はない. 例えば,MDを店頭に持って行き,欲しい曲のデータだけを コピーして持ち帰ることになる. もちろんCDは,大容量のデータを格納できる安価な媒体であるので, データを格納したCDが店頭や街頭で配布される光景もみられる.

デジタル放送による流通も可能であるから, 各家庭において放送を記録するだけで オーディオデータが入手できる. 高速なデジタルネットワークが利用できるならば, 直接供給元にアクセスしてオーディオデータを ダウンロードすることも可能であろう. 友達からオーディオデータをコピーするのはもちろん構わない.

どのような入手経路でデータを入手するにしても, 入手費用にはデータの料金は含まれない. ほとんどの場面において無料で入手できるはずである.

4. オーディオデータの料金

つぎに料金制度がどのように変化するかみてみよう.

現在,CDの利用者への提供形態は販売とレンタルとに大別できる. 議論を単純化するために, 乱暴を承知で表1に示すようにモデル化する. これが,現在の流通形態において 「権利者が得るべき正当な利益」として, 利用者が支払っている金額である.

格納曲数10曲
販売価格3000円
レンタル価格300円
表1. 現在のデジタルオーディオの料金

この表を,超流通の料金の観点から解釈し直してみよう. 料金体系としては2節で述べたように 「従量課金」「無料試用」「買い取り」を, 利用量の軸としては「時間」「回数」を採用する.

CDを購入するという現在の行為は, 「デジタルオーディオデータの永久使用権」 を入手していると考えることができる. 超流通では曲単位でよいので一曲あたり300円になる. これが「買い取り」料金である.

次に,曲を一回聴くために必要な「回数料金」を考える. 購入されたCDが平均30回程度は聴かれるとすれば, 一回聴くのに必要な料金は10円になる.

ここで,レンタルCDでは, オーディオカセットテープにダビングされる可能性が大きい という問題を考えなければならない. 超流通でも, 一旦アナログ信号に変換された信号の利用量までは計測できない. 現在のレンタル料金を, 「アナログデータの永久使用権」を入手するために必要な料金と考えれば, 初回料金だけは30円でなければならないのかも知れない.

つぎに一回の料金をどのように課金したらよいかを考えて見よう. 一回の回数料金を,「時間料金」つまり時間に応じた従量課金にするならば, 曲の平均的な長さを5分として初回は毎分6円,二回目以降は毎分2円となる. しかし,一曲の中を従量制で課金する必要はあるだろうか? その曲を聴きたいのであれば,途中で聴くのをやめるとは考えにくい. では,利用者が曲を途中で聴くのをやめる, かつ,そのときに一回分の料金を課金されたくない場合 というのはどのような場合だろうか. 例えば,自分が聴きたい曲を探すときに, 多くの曲の先頭をちょっとずつ聴く, という状況は頻繁に発生すると思われる. とすれば, 先頭のある区間を「無料試聴」区間として指定し, そして後半のある時点において回数料金を一括で, あるいは時間従量制で課金するというのが, 利用者にとってより自然な料金体系ではないだろうか.

以上をまとめると表2のようになる. イメージしやすいようにグラフ化したものが 図1である. これが,我々が現在支払っている料金を前提として求めた, 超流通における料金体系である.

買い取り料金 300円/曲
無料試聴限度 曲の半分まで
回数料金 (初回) 30円/曲
回数料金 (二回目以降) 10円/曲
時間従量料金 (初回) 6円/分
時間従量料金 (二回目以降) 2円/分
表2. 超流通における料金の一例

図1. 超流通における料金の一例
図1. 超流通における料金の一例

5. おわりに

超流通の考え方は, 複製すること自体を権利の侵害とする 現行の著作権法による保護とは立場を異にしている. もちろん, 超流通社会においても, データの独創性の保護といった面において 著作権法の存在意義はある. しかし流通上の問題に関しては, 超流通はより適切な解を提供できる.

本稿では, 超流通の技術的側面ではなく, 超流通によって我々の身近なところにも大きな変化が起こるのだということを デジタルオーディオを例として簡単に紹介した.

我々の身の周りには, デジタルオーディオデータ以外にも多くの デジタル情報がある. それらを自由にコピーできる社会が, どのような世界かを想像するきっかけになれば幸いである.

References

1
森亮一:
``ソフトウェア・サービスについて'', JECCジャーナル, No.3, pp.16-26 (1983)

2.
SuperDistribution Homepage
(http://sda.k.tsukuba-tech.ac.jp/SdA/})