本章では、これまでのオーディオの分野の著作物保護において、 下記のようであったことを、オーディオ機器の歴史を 辿ることにより明らかにする。

ディジタル記録装置の登場以前

オーディオ信号の記録装置として、 業務用・民生用ともアナログ方式のテープレコーダが用いられていた。 これらのステレオテープレコーダ (アナログ方式)の特性改善が望まれていた。

利用者によるオーディオ信号の複製については、 印刷物を主な対象として1971年に施行された旧著作権法が適用された。 すなわち個人の楽しみのために音楽ソフトウェアを複製することは認められていた。

また、通常に流通しているレコードを購入して、それを第三者に貸し出す 「レコードレンタル業」が登場した。

レンタルレコード店は、購入すると 一枚二千円から三千円するレコードを、二百円程度で 貸し出すことにより、自ら複製することなく(したがって複製権を 侵害していない)、利用者に録音の機会を与える (利用者の録音は私的複製の範囲内で認められている)ので 合法的である。

著作権法では以下のようにされている。


このように、合法的ではあるが、小売り店の大幅な売上の減少となり、 このためレコード制作者をはじめ作詞者・作曲者などの利益を 損なっていた。

この問題は、1984年の著作権法の改正によって幾分か解消されることになる。

CD(CD-DA:Compact Disc-Digital Audio)の登場(1982年)

CDはレコード盤と異なり、記録面がディスクの内部にあるため、記録面が 傷つくことがなく、ディスクの信号を非接触で読み取るため 記録された信号は半永久に保たれる。 また磁気テープメディアに比べ、ランダムアクセスに優れる特徴を持つ。

CDは手軽に高品質なオーディオが楽しめることから急速に 一般へ普及した。

1986年には生産金額でCDがLPレコードを越えた。 そして1987年には、直径8cmのCDシングルが市場に投入され、 シングル盤の分野でも、CDシングルの生産金額がEPレコードのそれを越えた。 1989年には、ついにアナログレコードの売上がCDのそれの3%を切った。

このように、音楽ソフトウェア市場の売上において、 CDは登場してから97パーセント以上を占めるにまで わずか7年で至り、アナログレコードを駆逐してしまった。

一方、1984年の改正で、著作権法に次の規定が加えられた。

DATの登場(1987年)

DATのもととなるのは、1977年に登場した「PCMプロセッサ」である。 これは、民生用VTR(Video Tape Recorder)と組み合わせて 用いる装置であったが、 製品が非常に高価であり、出荷台数も少なかった。 また、再生音にノイズが混入することもあったため、高品質には及ばず、 著作権が問題となることはなかった。

1987年、ディジタル情報が記録可能なメディアとしてDATが発表された。

記録再生を何回 繰り返しても品質の劣化が起こらないので、 音楽ソフトウェア制作業務用としては音の調整や編集作業に適する反面、 民生用としては、無制限に同質のソフトウェアを複製できることになり、 著作権が侵害される可能性が高い。

そのため、音楽ソフトウェア業界はディジタル録音ができる点に対して、 DAT機器メーカに強く反発した。

DAT機器の製品化にあたって、音楽ソフトウェアの著作権者らの権利を 保護すべきであると考えたメーカーは、 音楽ソフトウェア業界とも相談の上、次のような制限を加えることで合意した。

すなわち、 「音楽ソフトウェア制作側で、この著作物はディジタルコピーしてはいけないという 意思表示のあったもの(=コピー禁止コードの入ったもの) およびCDやDATソフトウェアは 一旦アナログ信号に変換してからでなければ記録できない」ようにした。

ところが、現実にDATを販売するようになると、 音楽ソフトウェア業界から、それだけの制限では著作物の保護に対して 十分ではないとのクレームがついた。 そのために、DATに対しては十分な音楽ソフトウェアの 供給がなされず立ち消え状態になった。

結局それから2年後、 ディジタルコピーを一回だけに制限する機構である 「SCMS(Serial Copy Management System)」を機器に内蔵し、同時に、 「賦課金制度」の導入によって、 音楽ソフトウェア業界と音楽ハードウェア業界との間に 一応の決着がついた。

このSCMSと賦課金制度の採用は、音楽業界内の申し合わせにしか過ぎず、 不安定なものだった。

MDの登場(1992年)

MD (Mini Disc) は、 ランダムアクセスが可能で しかもディジタル記録が可能なメディアとして登場した。 ディジタルデータを圧縮することで、 CDの25パーセントの面積の磁気ディスク上に、 CDと同じ最高74分の音楽データを記録することができる。

MDが市場に投入されたのに合わせて、1992年、音楽業界内の申し合わせに過 ぎなかった賦課金制度に法的な位置づけを行なうために、 著作権法に対して 私的録音・私的録画に関する補償金制度の創設等に関する 改正が行われた。 これに基づいて、 1993年6月1日より、ディジタル録音機器に著作権料を上乗せする 賦課金制度が開始された。

著作権法では以下のようにされている。

ようやく賦課金制度が著作権法に明記されたが、この制度の 最大の問題は、 「著作権者らの権利保護の名目で利用者の快適さを著しく損なっている」点にある。

著作権法に唱われたディジタル録音に関する内容には、 以上に示した問題点が存在するため、これらの法改正は問題の根本的な 解決とはなっていない。

よって、「さらなる著作権法の整備」と、別方面からのアプローチとして、 「技術的観点からの著作物保護」が求められる。

小節番号 時期 問題点 対策
(1) ディジタル記録装置の登場以前 レコードレンタル業の登場 なし
(2) CD登場時 レコードレンタル業の定着 著作権法の改正
(3) DAT登場時 私的複製でディジタル録音が可能 音楽業界内での申し合わせ
複製制限機能の導入
賦課金制度の導入
(4) MD登場時 私的複製でディジタル録音が可能 著作権法の改正
複製制限機能の導入
賦課金制度の導入